2023-02-26 09:42 | カテゴリ:雑談
新年は大体大河ドラマの話題を書くのに、ここまで沈黙をしていたのは『どうする家康』を計りかねていたからです。
二年前までのお決まりの大河評は
「大河ドラマは主人公をこてこての正義の味方に描くので面白くない」
だったのですが、去年『鎌倉殿の13人』が主人公を史実通りとんでもない悪役に描いた上に歴史の逸話もふんだんに取り入れて過去最高に面白い大河ドラマだったので、上記の批判が出来なくなりました。

『どうする家康』の見所は家康の生涯は「どうする?」の連続でそれを事細かに全部描く点だと思います。
今まではスルーされてきたような事(三河一向一揆とか)まで詳細に描いていくのだと思います。
しかし、天下人(=最後まで生き残った)家康の「どうする?」は無茶苦茶多いです!
このペースで三代将軍家光を将軍に就ける「どうする?」まで描き切れるのか?

脚本には最新歴史学が反映されており、今の所素晴らしいです。
・今までは登場してもすぐ死ぬ弱小キャラだった今川義元をちゃんと名君で描いている
・今までは今川家を潰したダメキャラで蹴鞠しか能がないと描かれていた今川氏真を名君ではないけどしっかり描いている
・桶狭間の戦いを通説の上洛途中にたまたま奇襲された合戦ではなく、最新歴史学の織田VS今川の領土争いで織田信長に誘い込まれて起こった合戦として描いている
・服部半蔵(二代目正成)と配下の伊賀忍者(伊賀同心)をちゃんと仲が悪いように描いている

※服部半蔵(初代保長)は伊賀出身ですが二代目正成から忍者ではなく侍として徳川家臣となっており、活躍により伊賀同心の指揮官になりますが、元々服部家は伊賀で格下の家柄だったため、伊賀同心からしたら「どうして格下の服部家が俺たちの指揮官になってるんだ?」って事で仲違いしていたのです。
確執は三代目服部半蔵(正就)の時に表面化し、正就は改易の上蟄居され、汚名返上で参戦した大坂夏の陣で行方不明となっています。

歴史の逸話は相当マニアックなのを脚本に入れ込んでいます。
ドラマで多分初登場の徳川家臣、夏目広次の名前を家康が吉信と間違えて呼ぶ意味不明のワンシーンがあります。
「殿!私の名前は広次です(ぷんぷん)」
みたいな・・・
実はこの家臣は最近まで「夏目吉信」という名前で認識されていた武将です。
しかし、一時史料に「夏目吉信」という名前が出てこず、正しくは「夏目広次」という名前だったのではないか?という最新歴史学の研究結果を取り入れただけのワンシーンなのです!
そんな歴史オタクも知らないような知識がないと意味不明なだけのワンシーンとなります(笑)

ネットで批判的な原因はCGにあるようです。
↓これは信長の清須城を家康が訪れたシーン
どうする家康の清州城
これが「中国の紫禁城のよう!日本のお城(天守閣)じゃない!!中国(韓国)にCGを発注するからだっ!」って批判。
でもこれ、多分ほぼほぼ合ってますよ。
この時代に天守閣はなく、山城の場合は戦の時しか籠らないので雨風がしのげる程度の砦みたいな簡素な建物、清須城のように守護館(政庁)として機能した平城の場合は書院造の館があったと思います。
清州城守護館

引き続き見ていき、失望する事があるようだったらまたネタで取り上げます!

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