2021-07-11 10:30 | カテゴリ:YouTube
名所史跡巡り滋賀編三回目はついに安土城です。

本能寺の変後、天主閣はすぐに焼け落ちて、さらに羽柴秀吉は近くの八幡山に新しいお城を築き、城の建物も城下町も安土城から移築させ、安土城は廃城になったので、遺構がほとんど残っていないと思っていたのですが、思いのほか石垣が残っててびっくりしました。



総石垣で作られたお城で、初めて石垣で作った天守台の上に天主閣を築いたお城でもあります。
※安土城だけ天守閣でなく天主閣と言う。

どうして石垣が他の城等を作る際に再利用で崩されずに残ったかと言うと、おそらく城郭中枢部にあった摠見寺が焼け落ちずにずっと現存してて、安土城全域が摠見寺の境内になったので、石垣が再利用とかの破壊を免れたのかなって思います。
現在も安土山全域が摠見寺の所有地となっており、ご厚意によって観光客に開放されています。

後、安土城は標高は低いし、城郭中枢部への道が幅6mと広く、約180mもの直線で攻めやすかった事から防御性に乏しいと言われています。
安土城大通り

しかし、当時は琵琶湖の内海に三方を囲まれ、もう一方は湿地帯で、琵琶湖に浮かぶ水城であったため、防御性は実は高かったのではないかと思われます。

↓今は埋め立てられていますが、当時は琵琶湖の内海に突き出した半島が安土山でした。
20210710安土城1
↓安土城復元図
安土城復元図2

さらに、同じく水城の坂本城(明智光秀)、長浜城(羽柴秀吉)、大溝城(津田信澄:織田信長の甥)から琵琶湖を使えばすぐに援軍に駆け付ける事が出来、もはや琵琶湖全域で一つのお城状態。
20210710安土城2

安土城と言えば、日本初のイルミネーションが行われたので有名。
20210710安土城3
「七月十五日、安土城の天主閣および惣見寺にたくさんの提灯を吊るさせ、また、お馬廻り衆を新道に配置し、または入り江に舟を浮かべさせて、それぞれに松明を灯させた。城下一帯が明るく、灯は水に映って、言いようもなく面白く、見物の人々が群れ集まった。」『信長公記』

ただ、やはり守る城というよりは、信長を神として祀る神殿で、宗教的権威として魅せる城だったと思われ、羽柴秀吉はこれでは徳川家康とは戦えないと判断したのか、近くで標高が高く(標高283m、比高100m)現在はロープウェイが通ってる程険しく急峻な上に、当時はここにも琵琶湖の内海が東西に面しているという防御性がかなり高い立地の八幡山に新しいお城を作っています。

安土城と言えば世界初の木造高層建築にして、贅の限りを尽くした絢爛豪華な天主閣が有名です。
狩野永徳始め、当代一流の絵師の書いた襖等で飾られ、もはやお城というより神殿・美術館。
その復元されたのが、近くの「安土城天主 信長の館」で展示されています。
スペインセビリア万国博覧会の日本館のメイン展示として作られ、なんとそれまでの万国博覧会史上もっとも多い入場者520万人を記録したという凄いのを見る事が出来るのです!!
写真撮影してもいいけどネットに上げるのはダメって事なので、見せられないのが残念です。
ていうか、万国博覧会史上最多入場者の展示物が見れるって普通に考えてバリュー過ぎなので絶対に行った方がいいです。

行けない人は公式HPで少しだけですが見れます。
安土城天主 信長の館

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