2020-07-18 11:08 | カテゴリ:YouTube
島根編ラストは国宝松江城です。
やはり現存天守は圧巻です。
本来陸軍に払い下げられた時に壊されるはずだったのに地元の有志のおかげで、天守閣だけは今に残っています。
尚、三の丸があった所は現在は島根県庁になっています。
元々亀田山という山にあった末次城が前身なのですが、陸軍が平らにしているでしょうから、城の全体像は結構崩れており、元々山だったとは思えない感じになっています。



因みに、松江城の前の銅像は、最初に築城した堀尾吉晴という戦国大名です。
目立った活躍をしていないので一般には無名ですが、見事な出世を果たした戦国大名です。
元々、織田信長と敵対していた親戚の岩倉織田氏の重鎮で、岩倉織田氏が織田信長に滅ぼされてからは織田信長に仕えます。
しかし、豊臣秀吉の中国攻めぐらいから豊臣配下となり、有名な全ての戦に参戦し、功を立てます。
↓堀尾吉晴の領地
丹波国氷上郡 ←元明智光秀領地
近江国佐和山 ←石田三成の領地になる超重要拠点
遠江国浜松城 ←元徳川家康本拠地の超超重要拠点

転封に次ぐ転封でまともに領国に根付いて、領国経営をした事がないぐらいですが、それだけ豊臣秀吉に信頼されていたという事です。
「こいつなら裏切らないし、失敗もしないから重要な土地を任せられるし、すぐに転封しても文句を言わないだろう」
的な旧知の戦友的な立ち位置。
なので、豊臣秀次付の宿老になりますが、豊臣秀吉によって、秀次が粛清された後も、秀吉に重宝されます。
しかし、戦国時代を生き抜いてきた堀尾吉晴は、秀吉の次の天下人は徳川家康だと見抜いていました。
秀吉亡き後は家康に接近し、関ヶ原では東軍に付き、見事出雲富田24万石を与えられ、国持大名となります。
しかし、後継ぎがおらず、改易。

京極氏を経て、最後に松江城の城主になった松平直政は徳川家康の孫(越前松平家)ですが、武勇を示すために凄く頑張って合戦に参加しており、大坂冬の陣ではあの真田幸村が守る真田丸を攻め立て、その見事な若武者ぶりに感銘を受けた真田幸村が持っていた軍扇を投げ渡したそうで、これは松平家の家宝となり、松江城に展示されているそうですが、なんと、それを知らなくて動画に収める事が出来ませんでした・・・
大阪夏の陣では真田幸村軍を破ったのも松平直政軍とされ、家康から褒められています。
越前松平家が徳川本家(二代目秀忠)と不仲だったなか、直政は順調に出世し信濃松本藩主だった時には、松本に新銭座を起こして寛永通宝松本銭の鋳造を許されるなど、格別の扱いを受けていました。
出雲に転封され、国持大名に出世出来たのも、直政ならではでした。

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