2020-01-25 23:21 | カテゴリ:雑談
歴史好きとしては関ヶ原の合戦がなかったってショックですよね。
別府大学文学部史学科の白峰 旬教授が唱えている説です・・・というか第一次資料を基に検証しているので多分そうなんだと思います。

この本に書いてあります。読んでませんけど・・・


関ヶ原と言えば色々なエピソードがあります。

井伊直政・娘婿の松平忠吉の「抜け駆け」
戦闘に参加しない毛利秀元言い訳「宰相殿の空弁当」
裏切らない小早川秀秋に徳川家康が鉄砲で催促「問鉄砲」
大谷吉継切腹前の小早川秀秋に対する呪いの言葉「人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん。」
島左近最期の奮戦で後の世まで戦った武士を恐れさせた怒号「死ねぇーっ!死ねぇーっ!」
島津義弘1500人で「捨て奸」により徳川本陣突撃敵中突破で撤退「島津の退き口」

まぁ戦国時代のエピソードってほとんど江戸時代に創作された物で、第一次資料ではなく、偽書が出典になっており、ほとんど史実はないって知ってますが、それにしてもショックです。
※「島津の退き口」は一時資料に書いてあるし、史実っぽいです。なんか最初から小早川は東軍で、突出していた大谷が小早川に瞬殺されて、宇喜多もあっさり負けて、気が付いたら島津の前に徳川本体が迫ってて、後ろに逃げようと思ったら、敗走する西軍で一杯で逃げられなかったから、やむなく敵中突破をした的な?

でも多分白峰教授の説が正しいのだと思います。
決定的なのは以下の二つ
・当時の一時資料には「山中で合戦」と書かれたものはあっても「関ヶ原で合戦」はない
※山中が山の中(=関ヶ原)と解釈されてきたけど、関ヶ原の近くに山中(ヤマナカ)という地名がある
・関ヶ原を発掘調査しても合戦の遺構・遺物が出てこない(合戦があったら絶対に出土するはず)けど、山中の近くを発掘したら合戦の遺物が出てきた
文献史学と考古学両方で検証された説は強いです。
結論的には、関ケ原で東西両軍15万人という、世界史で見ても類を見ない大合戦があったのではなく、山中(関ケ原の近くというか一部)という土地でもっと小規模な合戦があって、始まってすぐ東軍が圧勝したって感じらしいです。

ここで気を付けないといけないのは、歴史学者の本と、歴史愛好家の本は明確に区別しないといけないという事です。
歴史愛好家というのは名を挙げようと、定説と違う説を、結論ありきで、それに都合の良い資料等を持ってきてこじつけで論を組み立てるので、論に無理が出てくる所は主観的な主張でごまかします。
また、自分が名を挙げるのが目的なので他人が唱えた説をさも自分が考えたように言います。

一方の歴史学者は資料ありきで、資料を以って語らしめ、主観の入る余地はなく、誰もが論理的に納得できる客観的な論を組み立てます。
歴史学者は書く論文のテーマに関する全ての過去の論文を読まなければいけません。
勿論本になっていないのも、学術雑誌に論文として掲載されたのは、全部読まなければいけません。
論文を書く9割の作業は過去論研究です。
なぜかと言うと、他人が唱えている説を、そうと知らずに「~~~論文から引用」と注釈なしに書いてしまうと、それだけで盗作になって名誉を全て失うからです。
盗作は絶対に許されず、「知らなかった」「注釈つけ忘れた」という言い訳は一切通用しません。

株の世界で言うと、以下のイメージです。
歴史愛好家 = 煽り屋・・・結論ありき、主観、こじつけ
歴史学者 = アナリスト ・・・分析研究、客観、事実

なので、関ヶ原の合戦はなかったって本が沢山出てるかもしれませんが、信じるに値するのは歴史学者の書いた本となります。
歴史って学問でやるとロマンがないなと思いきや、一方では、『甲陽軍鑑』が偽書ではなかったという説が有力となっています。

『甲陽軍鑑』というのは武田信玄中心に書かれた資料で、江戸時代に創作された偽書中の偽書と言われて歴史学者には相手にもされてこなかった資料です。
何しろ、内容がファンタジーなんです。
↓川中島の合戦で武田信玄と上杉謙信が一騎討ちした記述
「三刀伐(きり)奉る。信玄公たつて(立って)、軍配団扇にてうけ(受け)なさる。(信玄が)後(のち)みれば、うちは(団扇)に八刀(かたな)瑕(きず)あり」
謙信に三太刀切りつけられて、軍配で受けて、後で見たら刀傷が8個ついてて「さすが軍神謙信」って信玄が唸ったって逸話です。
大将同士の一騎討ちがあるはずないし、3回斬りつけられたと思ったら8撃だったとか、何そのアニメみたいな技・・・
他にも、江戸時代から合戦の日付等で誤りが多数指摘されていました。

従って、高坂弾正という武田四天王の一人が、武田家が衰えていく中で、信玄公の話を教訓として武田家に伝える「諫言の書」として書いた(高坂弾正は農民出身で文字が書けなかったので口答で昔話風に語ったのを甥の春日惣次郎等が書き写した)というていで、実は、江戸時代に徳川家に仕えていた武田家家臣の出である小幡 景憲が創作した偽書と言われていたのですが、そうではなくて、高坂弾正が本当に語った、第一次資料である可能性が高いというのですっ!
※理由は勿論あるのですが書くと長くなるので割愛

ではなぜあり得ない伝説的な記述や日付等に誤りが多いのか?
高坂弾正が10年以上前の事を思い出しながら語っているので、むしろ脚色・美化・誇張・勘違いは当たり前で、逆に日付とか間違いがない方が怪しいです。
10年以上前の事なんて正確に覚えている人はいないでしょう。

↓ここの検証が詳しかったです。
信玄と謙信の一騎討ちは史実か?
この通り、多分、信玄と謙信は一騎討ちをしていませんが、10年以上経つ間に高坂弾正及びその周辺で勘違いや美化や伝説化されて一騎討ちしたと記憶違いしたのだと思います。

10年経てば伝説化するというのは以下のエピソードで文化人類学的に証明されています。
・ある文化人類学者が未開民族の元で一緒に暮らして調査研究するフィールドワークをしました
・仲良くなり、民族の古来から伝わる歌や踊りを披露されました
・文化人類学者はお礼に自分の故郷の歌を歌い教えました
・フィールドワークが終わり、10年後、再びその民族の元を訪れました
・再会を祝して民族の人が「自分達に数百年以上前から伝わる伝統の歌だ」と言って披露してくれたのが、その学者が10年前に教えた歌でした

→民族の人達は嘘をついた訳ではないです。10年前に教わった歌でも古来伝承の歌だと記憶違いし、それが彼らの中で真実になっており、その中で学者に教わったという不都合な事実はなかったことになっているのです。

まぁぶっちゃけ、塩漬けマンは学者じゃないので、史実でなくても、面白くて夢のある偽物の歴史の方で楽しむのが好きです。
株も、真の投資で買える銘柄なんて、全銘柄で考えてもほとんどないです。
90%の株は割高の下がって当たり前の株です。
だって、普通投資って10年で元が取れる設計で行いますよね。
だったら複利で計算しても8%の配当がないと10年で元は取れません。
倒産しない限り0円にはならないのだから、20年でいいじゃないかと考えても配当4%必要です。
つまり配当4%ない銘柄は投資対象外の割高株であり、4%の配当を上回る成長株でなければ買ってはいけない事になります。
具体的には10年で株価倍となる成長です。
でも投資家はそんな割高株でも夢を見て買うので、本当は下がらないといけない割高株ばかりの中でも、上がる銘柄が沢山ありますし、成長株に至っては10年後の成長を先取りして買われるので、現時点では超絶割高となっています。
そして性質の悪い事に、数少ない割安優良銘柄は不人気で株価は上がりません
上がっても、適正株価へと評価されるのに莫大な時間が掛かったりします。
結果、夢ばかり見てる投機家の方が金儲け出来る(ちゃんと天井で夢から覚めて利確出来る人限定)のです。

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