2021-01-17 08:13 | カテゴリ:YouTube
名所史跡巡り和歌山編三回目はいよいよ戦国時代にスポットを当てます。
やっぱり紀伊と言えば雑賀孫一(孫一は棟梁が襲名する名前だけど、一般的には織田信長と戦った鈴木重秀を指す)。

でも和歌山に行くと全く鈴木重秀は観光資源化していませんでした。
それもそのはず、彼は結局織田信長に恭順し、その信長の支援を得て、共に織田信長と戦った土橋守重を謀殺しています。
しかし、織田信長が本能寺の変で死ぬと、土橋派の反撃を恐れて岸和田城へ夜逃げしました。
その後、雑賀衆と豊臣秀吉の戦い(第二次紀州征伐)では、なんと雑賀を裏切り秀吉配下で戦っており、しかも大将クラスではなく鉄砲頭(9人いて、その中では最高数の200人を従えていた)でした。

その後の消息は不明で、地元の発展にも寄与しておらず、地元のヒーロー的な感じではなく、ただ単に戦国時代ブームで取り上げられてたまたま有名になっただけって感じですから。
それよりも太田左近という武将の方が強かったのでは?とすら思えます。
まぁ太田城が堅城だっただけかもしれませんが・・・
その辺の詳細は動画をどうぞ。



本場の和歌山ラーメンが食べれたのが良かったです。
東京にいた頃、まっち棒ってお店があって、食べたら好みの味で、大好きだったんですよね。
でもいつも行列だったのであまり食べれない間になくなっていました。
そして結局、天下一品ばかり行ってました。

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2021-01-10 10:02 | カテゴリ:YouTube
名所史跡巡り和歌山編の一回目は空海の説明だけで終ってしまいました。
いよいよ二回目からが本番の高野山です。

高野山は天空の宗教都市となっており、山上に100を超える寺院が建っています。
ですので土地が少なく道が狭いのですが、大きな駐車場もあり、また多くの寺院は宿坊も兼ねており、それぞれに小さいながらも駐車場を保有しています。
吉野よりは車でも移動しやすいです。

そしてとにかく国宝の数が凄いです。
それが一堂に会する霊宝館は圧巻。
「これ、教科書で見た奴だっ!!」
ってお宝ばかり。
そして空海が今も禅定していると伝わる【奥の院】は日本一のパワースポットと言っても過言ではないスピリチュアルな雰囲気漂う異世界。
塩漬けマンが行った中では大和の大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体【三輪山】に匹敵すると思いました。



ただ、一番凄いなと思ったのはやっぱり仏教の拝金主義(え?!)
お寺は宿坊を兼ねており、観光客は絶える事がないのでまぁ儲かるじゃないですか。
しかも料理は精進料理だから野菜しか使わないので原価が安いです。
そしてなんと働いてるのは高野山大学の学生・・・各宿坊に下宿して衣食住の面倒を見てもらう代わりに働くというのはWin-Winの関係。
アルバイト代次第ですが・・・修行の一部だから奉仕なんてことはないよね・・・後お金が支払われてても、下宿代でどれだけピンハネされるか・・・とある身体障碍者の住み込みの労働施設は衣食住のお金を引かれたら時給100円になってる所もあります。
そういえば隣町に、ときどき女性とかの集団がやってきて農作業している農場があるのですが、聞いたら宗教団体が運営しており信者が無給で働いて奉仕しているそうです・・・農家の友達が
「あれやられたら勝てないよ・・・宗教ってずるいは・・・」
って言っていました。

そして各寺はお墓を持っていませんが、代わりに位牌を預かって永代供養をするのですが、位牌の豪華さによって5万~200万とか・・・
護摩祈祷の木札も勿論有料で1000円とか・・・いや、ただの小さい木ですよ・・・まぁ功徳の高い坊さんに護摩祈祷して貰えるプレミアムがその価格を正当化しているのですが。

ただ、観光客にとっては歴史的な凄いお寺に泊れる体験は得難い事です。
感謝して泊りました。

仏教徒にとっても高野山には遊ぶ所がないので欲を絶って修行するには良い環境です。
なぜかスナックがあったけど。

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2021-01-03 09:47 | カテゴリ:YouTube
去年GOTOトラベルで和歌山に行ったので、久しぶりに名所史跡巡りの動画を作りました。
GOTOトラベルは、はっきり言ってやらないと損です。
無茶苦茶お得に旅行出来ます。
GOTOトラベル+地域の振興策を合わせたら50%以上の割引になります。

旅行代理店に聞くと、高い宿から順に予約が埋まっていくそうです。
GOTOトラベルでもないと高級旅館とか金持ち以外は泊まらないですもんね。
まさに一生に一度のチャンスとなります。
今現在GOTOキャンペーンはほぼ停止していますが、おそらくワクチンでコロナが収束したらまたやるでしょうから、次が楽しみです。
どこへ行こうかな♪

和歌山編は一生の内に一度は絶対に行かないといけない高野山は外せなくて、そしたら空海について調べてたら、凄いボリュームとなってしまい、一回目がまるまる空海の説明になってしまいました・・・さすが空海・・・



動画の通り、北(高野山)から南(熊野三山)まで行ったので、かなりの移動となっています。
GOTOトラベル+連休という事で、道も渋滞で大変でした。
・高野山の山頂近く
・近畿自動車道紀勢線
・熊野那智大社の山頂近く

この三つはヤバかったです。行く時間に十分気を付けて下さい。
早く目標の2億を達成してセミリタイヤして平日にキャンピングカーで旅行出来る身分になりたいなと思いました。

↓夢はこれです
奇跡的に10億円達成出来たらこれを買いたい

↓でも普段使いも出来てトレード環境も作れて車中泊もってなると、これが現実的かなって思っています。
ビジネスに必要な機能をすべて詰め込んだハイエース「モバイルオフィスカー」はテレワーク時代に最適|KWORKS【Vol.4】

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2020-07-23 08:59 | カテゴリ:YouTube
コロナ自粛なので、部屋で焼肉する場合にどうかなって思って以下の無煙ロースターを買いました。

■カセットガス スモークレス焼肉グリル 「やきまる」


使ってみた感想は動画をどうぞ。


結果、普通に煙は出るので、部屋で使うよりも、庭とかある人は外で使うのがベストです。
何せ、電源なしで持ち運び自由なのがこの商品のメリットでもあります。
でも、外でしか使わないなら、最初から↓こっちを買った方がいいです。

■炉ばた焼器 炙りや


事実、皆そう思ったのか、こちらは売り切れで、やきまるは残ってました。
そして、やきまるを買ったからには、部屋で使いたいですよね・・・(´・ω・`)ショボーン

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2020-07-18 11:08 | カテゴリ:YouTube
島根編ラストは国宝松江城です。
やはり現存天守は圧巻です。
本来陸軍に払い下げられた時に壊されるはずだったのに地元の有志のおかげで、天守閣だけは今に残っています。
尚、三の丸があった所は現在は島根県庁になっています。
元々亀田山という山にあった末次城が前身なのですが、陸軍が平らにしているでしょうから、城の全体像は結構崩れており、元々山だったとは思えない感じになっています。



因みに、松江城の前の銅像は、最初に築城した堀尾吉晴という戦国大名です。
目立った活躍をしていないので一般には無名ですが、見事な出世を果たした戦国大名です。
元々、織田信長と敵対していた親戚の岩倉織田氏の重鎮で、岩倉織田氏が織田信長に滅ぼされてからは織田信長に仕えます。
しかし、豊臣秀吉の中国攻めぐらいから豊臣配下となり、有名な全ての戦に参戦し、功を立てます。
↓堀尾吉晴の領地
丹波国氷上郡 ←元明智光秀領地
近江国佐和山 ←石田三成の領地になる超重要拠点
遠江国浜松城 ←元徳川家康本拠地の超超重要拠点

転封に次ぐ転封でまともに領国に根付いて、領国経営をした事がないぐらいですが、それだけ豊臣秀吉に信頼されていたという事です。
「こいつなら裏切らないし、失敗もしないから重要な土地を任せられるし、すぐに転封しても文句を言わないだろう」
的な旧知の戦友的な立ち位置。
なので、豊臣秀次付の宿老になりますが、豊臣秀吉によって、秀次が粛清された後も、秀吉に重宝されます。
しかし、戦国時代を生き抜いてきた堀尾吉晴は、秀吉の次の天下人は徳川家康だと見抜いていました。
秀吉亡き後は家康に接近し、関ヶ原では東軍に付き、見事出雲富田24万石を与えられ、国持大名となります。
しかし、後継ぎがおらず、改易。

京極氏を経て、最後に松江城の城主になった松平直政は徳川家康の孫(越前松平家)ですが、武勇を示すために凄く頑張って合戦に参加しており、大坂冬の陣ではあの真田幸村が守る真田丸を攻め立て、その見事な若武者ぶりに感銘を受けた真田幸村が持っていた軍扇を投げ渡したそうで、これは松平家の家宝となり、松江城に展示されているそうですが、なんと、それを知らなくて動画に収める事が出来ませんでした・・・
大阪夏の陣では真田幸村軍を破ったのも松平直政軍とされ、家康から褒められています。
越前松平家が徳川本家(二代目秀忠)と不仲だったなか、直政は順調に出世し信濃松本藩主だった時には、松本に新銭座を起こして寛永通宝松本銭の鋳造を許されるなど、格別の扱いを受けていました。
出雲に転封され、国持大名に出世出来たのも、直政ならではでした。

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